映画「アンダンテ〜稲の旋律〜」撮影協力にあたって
21年3月末、待望の横芝中学校建設事業も竣工式を迎え、無事に完成し子ども達の若々しい歓声が学舎にこだましています。時を同じくして、人事異動の内示、企画財政課企画調整班に異動することとなりました。企画調整班は、4月から定額給付金事業が開始されるはず、中学校建設事業が終わってほっとしている間もなく、定額給付金申請事務に追われる毎日が始まりました。申請する町民の皆さんも初めての事務手続きですが、受付する我々も初めての事務です。
4月の中旬になると担当職員の努力により、定額給付金の受付事務も軌道にのりつつあったころ、突然に総務課長からのお呼び出し、俺は何か悪いことしたっけ?、疑問を持ちながらお話を聞き始めると、「町長からの指示により、市原に映画の担当をして欲しい。」とのこと、この町にはフィルムコミッションはありません、誰かが臨時に担当するしかないのか。それと、昔イケメン今つけ麺の俺、もしかしたら映画に出られるかも、と期待を持って、「いいですよ。」と返事をしました。この返事が命取りでした。映画に出るどころか、物品の調達係や弁当の手配係みたいなもので、撮影はほぼ休日にしかも深夜に及ぶことも、自分の時間なんてはあったものじゃない。勤務時間中も撮影打ち合わせの携帯電話がなる毎日、出られなければ折り返し掛けるしかない。お陰で電話代はいつもの3倍、請求書を女房に見せられず、即座にゴミ箱へ証拠隠滅です。映画のことが忙しく本務はどうするのと自問自答しつつ撮影の協力をしていました。でも、上司の理解もあり更には同僚や部下はありがたいですね。「一人で苦労しなくていいですよ。手伝いますから。」と、総務課を中心に観光担当課、生涯学習の担当課、そして企画財政課から有志が集まりいつの間にかネットワークができあがりました。
さて、撮影中もこんなはずじゃ無かった状態の連続、俺はドラえもんのポケットじゃないよ。撮影用の野菜や出荷用の箱、鯛のお頭付きまで要望有り、でも、撮影前年から製作委員会の協力要請を受け、今年の2月に町内各種団体の賛同を得て「映画制作を支援する横芝光町民の会」が組織されていました。その中に農業協同組合も加盟しており、野菜関係の調達には事欠くことはありません。トマトを使う時にはびっくりしました。「トマトなら協力しますよ。撮影終わっても返して貰わなくて結構ですから。」と届いたトマトはなんと100キロ以上、撮影が無事終わり、「このトマトどうする。」と相談していると、スタッフが「貰って行く。」と、機材と一緒にトマトは東京まで運ばれ、スタッフの胃袋へ収まりました。
大きな鯛も頂き物です。「撮影で鯛を使うんだけど。仕入れられる?」と知り合いのスーパーへ、「お前が頼みに来たのなら、無料で協力するよ。1匹でいいのか、立派な物やるよ。」と、当日の朝、鯛を受け取りに行くと、大きな発泡スチロールの箱が2つ。あれ、何で2つ?と一つを開封すると鯛の活き作りが大皿に盛られています。「これは頼んでないよ。」「いいから持ってけ。」どう見ても金額にしたらウン万円はする代物「お金は払えない。」「馬鹿だね、お金貰うつもりはないから、撮影で使ってくれ。いい映画ができるといいな。」とうれしい言葉をいただき、撮影現場へと急ぎました。撮影スタッフに鯛を渡すと「スゲー、この鯛どうしたの」の質問に「貰って来た。」と答えても「ウソー」と信じて貰えず。でも、本物の立派な鯛で撮影、某有名俳優さん撮影スタッフにもこの鯛は喜んでいただきました。
その他にも、町内の女性グループの活躍も頼もしいものがありました。キャストやスタッフの皆さんに美味しい昼食を食べていただこうと、町内の女性グループが立ち上がり、炊き出し作業に汗を流していました。メンバーの中には、新鮮な地元産の食材を使おうと、朝早くから自分の畑に行って野菜物を収穫し、提供してくださる方もいました。
涼しい時には、温かいものを、暑いときには冷たい物をと、知恵を絞り、お陰でキャストの皆さんからは、「東京から1時間30分程度のこの町で、自然豊かで、美味しいものが沢山あるなんて・・・」と大変喜んでいただきました。
また、撮影用の農家住宅や農地、農作業機械もこころよく提供してくださいました。
この映画の撮影スケジュールは、この地域の稲作時期から2・3週間遅れて行われます。映画撮影のスケジュールで稲作を行うと、お米にどのような影響があるか心配です。でも町のためになるんだったら多少のところはと、大切な田圃を貸してくれます。
撮影も終盤を迎える頃になり、大切なシーンの撮影で、収穫期を迎えた稲穂のなかにグランドピアノを置くこととなりました。
誰がどうやって300キロもあるピアノを田圃の中に設置するの・・・・と、みんなで悩んでいると、「我が家のトラッククレーンで設置してやるよ。もちろん俺がクレーンオペレータやるから、いつがいい。」と名乗り出る植木屋さんがいました。一応ピアノは調律したほうが良いと言われ、調律師に来ていただいて本格的に調律を「長年ピアノの調律してるけど、長靴履いて田圃の中で調律したのは生まれて初めてですよ。」と笑っていました。植木さんにピアノをつり上げてもらったり、田圃の中で調律して貰ったりと変わったことをお願いして大丈夫かなと心配していましたが、皆さんプロですね、余裕で作業しており安心して見ていられました。
このように、いろいろなことの協力要請に映画スタッフの方と折衝に歩きましたが、協力要請を断られたことはまずはありません。同行したスタッフの方からポツリと「この町の人は何でこんなに協力的で優しい人ばかりなんですかネ?」と聞かれても「俺も分からない。なんでですかね。」と、ともに疑問をもったところです。後で考えてみると、今回の映画は町が撮影舞台になる、この町の人はそんな経験がありません。この映画を切っ掛けに町の名前が知れ渡り、振興策に繋がればと期待する気持ちから自然に協力的な優しさとして表れているのではないでしょうかと思っています。
このように地域の皆さんの協力がなければ撮影舞台は揃いませんでした。
しかし、全てが順調に運んだわけではありません。
稲作時期を遅らせているとハプニングが起こります。田圃のあぜ道から軽トラックが脱輪するシーン、スタッフが車を移動し脱輪させると「ブレーキが早いんだよ。それじゃ落ちたように見えないよ。」と言われ再チャレンジ。今度はブレーキのタイミングを遅らせました。「ア〜!」とスタッフの悲鳴。タイミングが遅すぎて本当に落ちちゃいました。稲は倒すは、トラックは泥だらけになるは、で散々。夜遅くに自宅に帰り、独り寂しく借りたトラックを掃除してました。倒れた田圃の稲は?大丈夫です。田圃の耕作者である某町職員が現場に立ち会っていて、「ア!ワッハッハ。大丈夫だよ。稲は育つ内に真っ直ぐに伸びるから。」と笑って済ませていました。続いて、田圃の水を抜く「落水シーン」撮影の前夜、突然スタッフから電話がありました、「明日、落水シーンの撮影ですが、田圃に水は入ってますかネ。」と「今は、田圃を乾燥させる中干しの時期ですよ。農業用水だって止めてあるし、雨だって降ってないし、水がある訳無いジャン。」、スタッフから「アレー、どうしよう?」と困った様子に「どうにかするよ。」の回答。しばし考え、悪知恵、浅知恵の俺が思いつきました、水路に全く水が無いわけではない。貯めればどうにかなるかな?と、翌朝6時前、撮影水田付近の用水路に水深5センチ位のチョロチョロ流れる水を某課長職と土嚢で堰き止め作業を実施。普段ペンより重い物は持たない事務屋、ましてや現代はペンすら使わずパソコン事務、重い土嚢積み作業は嫌だネ。でもやるしかないと水路に土嚢を積んでいると。道路から大きな声が「お前ら何やってんだ!」と、田圃の見回りに来た農家の方から声を掛けられ、やばい黙って水路を堰き止めているのを見つかった、こりゃ怒られると思いながら顔を上げると、撮影用の田圃を貸して呉れているYさんでした。事情を話すと「そうゆう理由だったら分かった。足らない物があったらポンプもあるし、家の物を使っていいぞ。」と協力の申し出がありました。ああ怒られずに済んだ。やはり皆いい人ばかりだ。と作業続行。水路の水嵩が増したところで、付近の田圃に水を送る用水ポンプのスイッチをオン、順調に水が流れ初め、どうにか撮影には間に合いました。早朝からの長時間の肉体労働、歳なので直ぐには筋肉痛にはならないと変な自信を持ちながらも、作業服は泥だらけに汗びっしょり、こんなに苦労したのに撮影時間はせいぜい10分程度、編集したらもっと短いだろうな。と思いつつ、この苦労が報われるときが来るのか、些か疑問を持ち、次の撮影現場へ急ぎました。
またまたハプニング、「9月まで撮影すると台風が来るかも」と、年度当初のスケジュール協議の時に、スタッフに伝えました。案の定、台風が襲来、「大切な稲が倒れてしまう!」スタッフや農家の方の悲鳴が聞こえた気がします。翌日、監督さんやスタッフと共に現場に急ぐと4ヘクタールの稲が倒れている。みんなでがっかりしながら、1枚1枚の田圃を見回ると、一部に立派な稲が立っている田圃を発見。「不思議、この田圃の稲は大丈夫だぞ!でも、一部の田圃だけで撮影できるの?」、みんなが、他の町に行って撮影場所を見つけなければならないね、と思いながら現場を離れることに。その後に監督の決断が、「この町の皆さんにお世話になりながら今まで撮影してきたんだ。最後までこの町で撮影しよう。」と、言葉には出したことがない町民の期待が監督の心に通じたのでしょうか。もう二度と台風に来て欲しくないと思いながら撮影の日を待ちました。
当日は、大勢の町民エキストラが集まり、撮影を遂行していましたが、スケジュールどおりにはいかず、「明後日も実施したい。エキストラをもう一度動員してください」との依頼。
「エキストラは物じゃないんだよ。みんなだって都合があるし、無理ですよ。」と言っていると、地元の名士が「俺が地元のみんなに声を掛けるよ。」と言ってくれ、撮影の日を迎えると前々日よりも若干は少ないもののエキストラの皆さんが集まってくれました。
いよいよ町内撮影の最終日、午後4時に撮影場所で町長からキャスト・スタッフの皆さんに慰労のあいさつをすることとなりました。炊き出し作業をした女性ボランティアの皆さんを中心に、最終撮影場所に5・60人の人々が集まりました。キャスト・スタッフの皆さんも一時手を休め、慰労あいさつの儀式に参加。あれ?事前にスタッフから「俳優のMさんはスケジュールの都合でこの儀式には出られないですよ。」と聞いていた方が会場にいらっしゃるではないですか。やはり、大物俳優さんは器がでかいのか、思いやりがあるのか、ご本人が「映画製作に協力した町民の方々が集まり、町長が我々にごあいさつしていただけるのであれば、予定を変更し出向きますよ。」と足を運んでくださったようです。私は、俳優さん方にこんなに近くで接するのは初めてです。俳優さんには近寄りがたい存在と思っていましたが、皆さん本当に優しく、気さくな方が揃っていました。炊き出しボランティアの方々も同じ思いであったようです。「お昼ご飯が美味しかったですよ。これはどのように作るんですか?」とか、声を掛けていただいていると、「みんなやさしい人、あんな気さくだとは思わなかった。出会えて良かった。益々好きになってしまった。」と喜んでいました。
更にうれしかったのは、当地の撮影を終わり東京で撮影していると、スタッフの方から電話が「スタッフみんなが、横芝光町の美味しい昼飯が懐かしい。また食べたいネ。」と言っているとの情報があったのです。
決してロケ弁がまずい訳では無いのですが、女性ボランティアグループが特に心を込めて作ったので美味しかったのではないでしょうか。早速、女性のボランティアグループに伝えると「協力して良かったね。大変だったけど私たちも俳優さん達と身近にふれあえて良かったですよ。」と大変な炊き出し作業であったにもの関わらず、愚痴一つ言わず、却って喜んでくれました。
このように、この映画製作には、監督さんはじめキャストやスタッフの方々の汗と努力、そして横芝光町民の優しく温かい心と映画の成功を期待する気持ちがこもった作品です。その心が、映像にも表現されていることでしょう、映画を見た方は、必ずや感動を覚えるものと確信しております。
追伸
役場生活30年、色々なことを経験しましたが、映画製作の協力は初めてのこと、貴重な体験でした。
一番印象に残ったことは、人のやさしさ、心のあたたかさです。町職員生活の中で、これ程までに町民の方々に親切にしていただいたことはありません。
撮影が無事に終わったのは、町民の方々のご協力のお陰と本当に感謝しています。 |